トリイ(鳥居)について
【結界】ことなる世界(異相)を結びつけること、その場所。「界」は「境(さかい)」と同義で、さかいの中、範囲の意味を持つ。
本来は仏教用語で、秩序維持のため聖なる領域と俗なる領域を分け、区域を限ること。また古神道や神道においても、ある空間に設定されたタブー(禁足)を視覚化し、常世(とこよ)と現世(うつしよ)という二つの世界を結ぶ役割ももつ。
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古来より集落の入り口や境、辻、またはそれらに配置された道祖神、庚申塔、祠、石仏などは、災厄を集落に入れないための、結界の役割をしていたともいわれる。
【臨界】さかい、境界。ある状態の限界点、限界状態。相転移において両相が共存しうる限界点。
【界:工学】物理学でいう「場(field)」と同じ概念。場とは、物理量を持つものの存在が別の場所にある他のものに影響を与えること、あるいはその影響を受けている状態にある空間のこと。
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■ トリイについて
一般的には鳥居と表記されるが、文献の多くはそれを当て字であるとしている。語源の決定説はなく、諸説ある仮説のうちで昭和18年発行・根岸栄隆著『鳥居の研究』が興味深い。要約すると次のようになる。
・トリ→戸/門、イ→井戸 説
鳥は戸なり、戸は門なり、居は井なり、門の井の心なり(神道名目類聚鈔)
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・トリ→門、イ→接尾語の居 説
古事記や日本書紀などでは門を「カド」と訓むが、穴門(アナト)水門(ミナト)など、ある時「ト」に変化した。一方、鴨居、敷居のように、門に接尾語の居(スエ)が用いられ、門居(カドスエ)なる言葉が生まれた。これがカド→トと読み替えられ、「トスエ」または「トノスエ」と訓まれるようになった。上居(カミスエ)が鴨居(カモヰ)となり、敷き居(シキスエ)が敷居(シキヰ)と変化したように、トスエ・トノスエもトノヰ→トリヰと変化した。ここに至り「トリ」の音が鳥と誤変換された。すなわち、元は門居。
・天門 説
神道名目類聚鈔に『曰く、鳥居は天の字を現す の字の象なり。故に天門(トリヰ)といふ。』とある。
(『鳥居の研究』より)
トリイ構造物が示すものは、境界/境界門であろう。建築構造物であるトリイと、掘削による土木構造物であるトンネルとは本質的、決定的相違があるが、トンネルの境界性に着目し詰めていけば、トリイもまたなかなか興味深い構造物である。
そしてまたトリイ(神社の風景)が日本の風土にあまりにも自然に違和感なく溶け込み、日本各地どこにでもある風景として成立していることは、いっそう興味深い。
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『桃花源記』 |
陶 潜
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晋太元中 武陵人捕魚為業
縁渓行 忘路之遠近 忽逢桃花林
夾岸数百歩 中無雑樹
芳草鮮美 落英繽紛
漁人甚異之 復前行 欲窮其林
林尽水源 便得一山
山有小口 髣髴若有光
便捨船 従口入
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晋のころ、武陵に漁師の男がいた。
ある日、船で谷川を山奥へと遡っていると、どのくらい来たかわからないくらい上流で、ふと桃花の林に出くわした。
桃の花が両岸いち面に咲き乱れ、 芳しい草が緑の色も鮮やかに生え、花びらもひらひらと乱れ散っている。
心を魅かれた男は、その源を探ろうとさらに進むと、ついに水源に辿りついた。
そこは山になっており、山腹に人がひとり通り抜けられるだけの穴があった。
奥から光が見えたので船を降り、男は穴の中に入っていった。 |